新居で迎えた新春の情景


 新しい年が明けた。2007年3月、ブラジルサンパウロ暮らしを終えて帰国した私たちは岡山に1年、初めての地方都市住まいを楽しんだ後、連れ合いの勤務先本社所在地の京都に移転。太秦の恵まれた地で京都暮らしを始めた。それから半年と経たないうちに俄かに持家の話が持ち上がり、京都で住宅購入の運びとなるなどとは、東京育ちの私としては思ってもみないことだった。


 太秦の家は願っても無い良い物件だった。南に大きく開いた窓からは、東山から京都タワー大山崎方面の山並みが嵐山まで連なる様が一望でき、北側エレベーターホール西側からは広沢の池から北西に広がる歴史的風土保存地区が愛宕山の裾野へと続き、東に目を転ずれば霊峰叡山の聳える様子が見て取れる。自転車で広沢池方面へ足を伸ばせば、取れたての地場の野菜を並べた無人小屋もちらほら見つかり、街中や京都駅方面に出掛けるにも、マンション前のバス停から乗り継ぎなしでOK。すぐ傍に生協の大型店舗やスーパーもあり、美味しいパン屋があり、ドラッグストアがあり、クリーニング屋があり……、兎にも角にも暮らすに何の不便も無い場所だった。
 ここを去るのはいささか寂しく思いつつも、私たちは次の人生の扉を開けたわけだ。


 新居は太秦のマンションよりほんの少し広い程度。少しばかり使い勝手の悪い間取りであったため、新築ながら贅沢をして、リフォームすることにした。中程南寄りにあった和室をもう少し南に寄せて洋室に、押入れのあった部分を広げてウォークインクローゼットに。キッチン壁面を抜いて対面式に、玄関入って左右振り分けの2室の収納も増やして、気付けば水周り以外はほとんど触ったことになる。とりわけこだわったのが、リビングと新しく作った洋室の間の壁面だ。両側面に収納ボックスを取り付け、欄間部分にはかねてからの希望であったアンティークステンドグラスにロートアイアンをあしらって、ちょっとしゃれた飾りにして取り付けた。寝室の採光と風通しを考えてのことだったが、欄間飾りを通して寝室のシーリングファン付き照明がちらりと見えるのも気に入っている。
 西陣の西のはずれに当るこの辺りにはやはり織元が多く、日中は織機の音が絶え間なく聞こえてくる。海辺の町で暮らす人にとっての潮騒のように、私たちにはこの音が、懐かしいBGMになるのだろう。



 昨夜、大晦日から元旦に掛けては、周囲の寺から遠く近く、微かに響いてくる鐘の音が、京都で迎える初めての年越しを印象付けた。ほんの数日前、市中まで薄っすらと雪化粧した京都は穏やかな新春となり、遠く北山や叡山の頂上付近だけが白いものを纏っている。


 元旦の本日、引越しのご報告を兼ねて、徒歩で10分と掛からない北野天満宮にまず初詣。社殿から左側に抜けると紙屋川沿いの遊歩道に続く通路があり、参道の賑わいとは打って変わって静かな佇まいにちょっと良い穴場を見つけた気分になる。そのまま川を渡る歩道を辿って隣の平野神社へ。そこから南へ下って一条通へ出て大将軍八神社を詣で、三社参りとしゃれこんだ。大将軍八神社でいただいた甘酒は、どうも酒粕を溶かして砂糖を入れる簡易作りのものではなく、ちゃんと麹で発酵させて拵えたもののようで、程よい甘さが舌と冷えた身体に心地よかった。この地でこれから暮らしていくんだなぁ……と、他人事のように頭のどこかで思いながら、気持ちはまだまだ仮住まいの旅人気分。なるべく新鮮な気持ちを長く保って、旅人気分で京都観光を楽しむのも、また一興だ、と考えてもいる、2009年の年明けである。