上七軒夜の漫(そぞ)ろ歩き


 夜になり本降りの雨。1月らしからぬ季節外れの暖かさが、まだ居座っている。
 昨夜、夜の上七軒を歩いた。まるで春のような温もりに、『何だか花の匂いでもしてきそうだね』と連れ合い。本当、北野天満宮から早咲きの梅の香りが漂ってきてもおかしくない、そんな空気である。
 花街を味わうのは夜に限る。昼間は何食わぬ顔で付近の住宅と軒を並べている茶屋が、夜になると雪洞(ぼんぼり)の明かりに照らされて、一転、艶めいた貌を見せる。この不況にも羽振りの良さそうな一行が、ハイヤーやタクシーで乗り付けて暖簾を潜る。どんな時代にも明かりを消すことなく営々と続いてきた花街の誇りを、垣間見る思いがする。
 上七軒の通沿いから歌舞練場の脇に廻り込むと芸妓組合があり、さらにその奥の裏町にも提灯を灯した店がある。日中、自転車で走っても、そこに店があることなど分からないような佇まいの店が多い。そんな小さな店ですら生き延びている……その強(したた)かさに、何か心強いものを感じる。


 連日報じられる雇用調整、人員大幅削減のニュース。日本経済がまた明るい陽の許に復調する日を待ち侘びる、そんな冬の日に、春の予兆を感じさせてくれる一夜であった。