“バッグ好き”の事の始まり


 人生がある意味「花開いた」のは、思えば新卒で入社した会社を10年で退社した後のことだ。
 仕事は好きだったし、会社員としての生活も満喫したけれど、何事も仕事中心のミニマムな生活だった。器用な人は仕事をしながらでもマルチに人生を楽しみ、またそれを仕事に還元してもいたが、私は違った。
 私の人生は幾つかにきれいに分けられる。
 大学卒業までの子供時代――この間に稽古事などはふんだんにこなした。仕事中心の会社員生活。その後結婚するまでのモラトリアム。
 このモラトリアムの時代こそ、人生を豊かにしてくれたように思う。


 会社を辞めてやったこと。良く覚えているのがふたつある。
 ひとつはビデオを散々見たこと。映画は好きだったけれど、過去の名作なんかをゆっくり見る余裕はなかった。自由になる時間ができて、徒歩2分ほどのところにあったTUTAYAに日参し、借りては見、借りては見、100本やそこらはすぐに超えるほどの勢いで見たものだ。


 そしてもうひとつが買い物。早熟な面もあったものの、ことおしゃれとなるとひどく晩生(おくて)だった、と今にして思う。インテリアには僅かに関心が芽生えてはいたものの、ファッションにはほとんど興味がなく、仕事上必要なものを買うだけだった。
 それが、堰を切ったかのように、それまでの貯金と退職金を元手に、手当たり次第に買い物をした。インナー、アウター、ボトムス、アクセサリー、靴、バッグ……買うごとに商品知識が増え、買っただけ勉強した。ファッション雑誌も買うようになった。それでもようやく同年代の女性のセンスに追い着けたかどうか、という程度のことだったけど。


 その「買い物熱」が一段落した頃だったかな……何が事の始まりか、良く覚えていないのだが、『私はカバンが好き』ということに目覚める時が来た。靴が好きな人も多いけれど、私は断然“鞄派”だ。関西では鞄や袋物など“容れ物”が好きな人間に対して「入れるものも無いくせに」と陰口を利くそうだが、案外鞄好きが多いことの裏返しかもしれない。


 シャネルバッグは早々に手に入れた。エルメスの「バーキン」は少なくとも3年待ちということだったので、キャンセルもできることを確認して予約を入れた。そこに辿り着くまでには随分多種多様なバッグ遍歴があったけれど、それら「肥やしになってくれたバッグたち」に思い入れはない。
 バーキンは結局5年経って手許に届いた。その頃にはもう貯金にさほどの余裕は無かったので、文字通り“清水の舞台から飛び降りる”ことになったが、バッグ好きの沽券に掛けて(!)一世一代の決断で購入したというわけだ。
 実のところを申せば、バーキン35、ちょっと後悔している。しっかりしたバッグだけに重いのだ。よほど痩せた人でないと肩にも掛けられない。せいぜい30、28でも良かったかな、と……。


 さておき、その後もバッグとの出会いは続いている。
 何せ軽いので重宝に使っているのがゴヤール。先に入手したのは黒に茶のトリミングのワンショルダー。これは本当に使い勝手が良く、ヘビロテのアイテムだ。後に白のトート、「サンルイ」も手に入れたが、こちらはちょっとラフな感じになるのと、やはり肩掛けが難しいのでいまひとつ活用しきれていない。
 サンパウロ時代にバカンスで訪れたカリブ海の島、セントマーチンで出会い、買い逃したのが縁で、エルメスの黒の「ケリーポシェット」もコレクションに加わった。つい昨年は斜め掛けできる茶の「エヴリン」をゲット。これも使い勝手が良く、またファッションにアクセントを付けてくれる優秀アイテムだ。


 さて、この後は――。もう打ち止め? いえいえ。。今は手は出ないけど、ボッテガヴェネタの「カヴァ」、できることなら手にしてみたい。ヴァレクストラというのもあるなぁ。プレシャスレザーには目下関心は無いけれど、いつかクロコのバッグが似合う女性にもなりたいものだ。
 フェンディから「ピーカブー」というバッグが出た。サンローランの「ミューズトゥー」を横目で見て流したけれど、こういうカッチリ感がありながらどこかルーズな抜けのあるものが流行るようだ。エルメスのケリーが、口金の部分でいまひとつ使い勝手が良いと思えなかった身には、開けたまま持てるピーカブー、使ってみたいなぁ。


 とはいうものの、ブランドバッグは安くない。そうそう手は出ない。この春何かパッと気分が晴れるお買い物をするとしたら……せいぜいお財布くらいかな。フェンディの「セレリア」も気になるけれど、ブルガリの「コレツィオーネ1910」シリーズの財布が本命かな。サンローランの招待状をモチーフにしたシリーズ「Y-Mail」とそれに続いた「コレツィオーネ1910」を、いずれも“あざとい”と断じていたけれど、お財布ならかわいいかも。。


 かくしてバッグ好きの日々は懐具合と闘いつつ、前進あるのみ、なのであります。。