織元・すっぽん・映画館


 穏やかな晴天に恵まれ、西は七本松から東は千本まで、南北を下立売今出川に挟まれた一角を歩く。辻子や突抜と言われる路地の多い町である。歴史的保存建築物に指定されているような町家が至る所に見受けられ、間口は狭いくせに懐の深い家が軒を並べる。中には、家の側面、屋根付きの通路の上に店子の名前が並べられている実に古風な長屋もあり、そんな路地や長屋の近くには決まって、小さな地蔵の祠が祀られているのも京都らしい。


 六軒町通の上手、元誓願寺の通りの北には、小さいが居心地の良さそうな銭湯がある。この辺りの町家の住人の御用達なのだろう。その隣にも、お約束の地蔵の祠。
 ずっと下って中立売から一条の続き、北野商店街には、いまどきのスーパーやドラッグストアに混じって、様々な専門店がいまだ健在である。乾物屋、鯖寿司屋、鶏肉専門店、七本松の付け根には豆腐で有名な『とようけ茶屋』の本店、『とようけ屋山本本店』もある。これからじっくり、長いお付き合いと願いたい。
 さらに下る。下長者町通の西の外れ、千本の一筋西に、すっぽんの大市が暖簾を出している。大層値の張る高級料理屋と聞く。そのうち一度、ご縁があると良いのだが。
 少し上がって上長者町通の西のどん付き――。由緒正しき成人映画館、『千本日活』がひっそりと営業している。半世紀を遡る佇まいが哀愁を誘い、一瞬、タイムスリップした目に映る周囲は懐かしい昭和の面影である。この辺り、五番町は四番町と共にかつて花街であった一角で、水上勉の『五番町夕霧楼』の舞台としても知られている。
 六軒町の通りを上がっていくと服部織物の看板が……! 服部といえばこはく錦の箔の帯。龍村美術織物、川島織物と並んで、和装の際には大層お世話になっている織元のひとつである。小紋、色無地、付下げなどには川島の黒地の帯や龍村系の縅の帯、留袖や振袖には服部の箔の帯が重宝したものだ。店の敷地に沿って廻り込み、併設されている工場から見上げると――何と我が家のベランダ! シャカ、シャカ、シャカ……と真下から絶え間なく聞こえてくる織機の音が、何と服部の工場のものだったとは。何もかもが馴染みのない京の町にあって、つと、細い繋がりを見つけた心持の、正月の午後である。